top of page
ZOO AQUA STORY☆ by つまき♪
第27回 札幌市円山動物園 「本気のこれまでとこれから
⑥オランウータンさんの福祉向上の取り組み♪
ZAS27-p6 (1).JPG

 円山動物園で暮らして下さっているボルネオオランウータンさん、1998年生まれのレンボーさん(♀)と、動物専門員さんの李さんです。(写真は4月と9月のものを使用)

 李さんはオランウータンさんをリスペクトしていて、いろいろなことに気づいたそうです。大変なる熱意をお持ちで、円山動物園にはそういう動物専門員さんが何名もおられて、本当に驚きましたし、期待特大です。

 ハズバンダリートレーニングにも取り組んでいます(危険もある麻酔を使うことなく、動物さんに強制するのではなく協力してもらって安全に健康管理をするトレーニング)。

​ まずは額で体温測定(赤外線)。4月(写真)は「35.7度」9月は「36.1度」でした(不調ではないです。9月は妊娠中なので少し高いです)。

ZAS27-p6 (2).JPG

​ 内耳で測ると36.9度(9月は36.7度)。額の数値とだいぶ違うので、複数個所で測る意義があります。

​ ハズバンダリートレーニングでは、動物さんと動物専門員さん双方の安全を確保した上で、動物さんの自由意志で協力してもらうように様々な行動を形作っていきます(レンボーさんも各所に行ける状況下で、自分の意思で参加しています)。押さえつけたりつないだり暴力を使ったり言葉で威圧したりは決してしません。

​ 動物さんは、ちょっとした強化子(報酬・対価・お礼)や、合図通りに動くことや学習の楽しさなどを動機として、協力してくれます。

​ 「ハズバンダリートレーニング」は長いので、以後「ハズトレ」と略します(現場でもそう略すことが多いです)。

 ハズトレは、応用行動分析学を応用していて、動物さんに負担がないことを絶対条件としています。人間側の負担軽減にもなり、双方が楽しいと李さんもおっしゃいます。動物さんと飼育員さんとの関係や信頼が高まる取り組みでもあります。「オランウータンさんをオランウータンさんと思うから進まない」そうで、「さらなる能力」を思って取り組むとのこと。これは全ての動物さんに当てはまります。

​ そしてもちろん、李さんも繰り返しおっしゃっていた通り、「まずは飼育をちゃんとやる。観察がとにかく大事。その上でハズトレをする。勉強や仲間との協力も大事。動物福祉は根底に普通にあるもの。」ということが、肝心です。

ZAS27-p6 (3)-2.JPG

 口の中の確認も非常に大事です(これはハズトレから実際の健診へ進んでいます)。

 写真は、歯医者さんが使うミラーで、歯医者さん同様に歯式(ししき)を取っているところ(32本の歯が健全かの確認中)。見えにくい時はライトも使用。

 虫歯はないですが、歯ぐきに少しできものがあったので獣医さんに対応してもらい、小さくなりました。

 唾液も出してもらって採取し、歯周病の検査を行っています(検査については後述)。ヒトの妊婦は歯周病になると低体重児が生まれる可能性があるため、口内ケアをさらに重視。

 歯磨きも上手にできます。歯磨きはマッサージの意味と”予防歯科”の観点から重要とのこと。歯ブラシの洗浄もします。

 写真はレンボーさん(♀)ですが、メスの発情が来ないとオスが落ち着くので、オスの口内も見られます。

 さらに、こうしたケアを担当動物専門員さんの李さんだけでなく、両生類爬虫類さん&猛禽類さん担当の本田さんや大先輩である吉田さんもできる、なんだったら筆者でも可能な状態になっているという点が、また重要です。

 複数の人がケアできることは必須ですし、それくらい社会化が進んでいることが、園館で暮らすオランウータンさんの負担軽減になるからです。

ZAS27-p6 (4)-2.JPG

 胎児や肝臓を見るための、エコー検査の練習です。おなかにスプレーをしたり器具が触れても平気になるよう、慣れてもらいます。​

 黄色い玉の付いた棒は「ターゲット」といい、動物さんにしてほしい姿勢の合図を出すものです。

 両手で棒を握ってもらう意図は下記です。

・オランウータンさんの握力は非常に強いので、事故を防ぐため(人や器具を触らないようにする)

・構造化:「これは握るもの」と分かりやすくすることで、動物さんが戸惑わない(器具をシンプルにするなど、分かりやすさが大事)

・体勢の維持(おなかが見やすくなる)

 レンボーさんの息子のハヤトくん(現在とべ動物園在住)は、レンボーさんのハズトレを見ていて覚え、すぐにできたそうです。

ZAS27-p6 (4)-3.JPG

 聴診器で心臓の音を確認中。肺の音を聞く時は「バック」と伝えて後ろ向きになってもらいます。腎臓は横から見るので、「レフト」と伝えると横向きになってくれます。

 さらに両肩への筋肉注射の練習も行なっています。採血は、それを実施するためのアタッチメント(オランウータンさんが腕を出す部分)がないため、作る予定です。筋肉注射のほうがずっと痛いので、採血の準備ができる前の練習としても実施しています。

 ちなみに当然ながら「目的があってのトレーニング」であり、飼育員さん(動物専門員さん)の自己満足のためにするものではないです。関係性が全てで、それができていれば動物さんはハズトレをやりたがってくれるとのこと。自発的であることを最重要視します。

 オランウータンさんのハズトレは、朝と14時に実施(1回あたり長くて10分)。動物さんが空腹の状態で行うと”ホット(やりたい!)”になってよくないので、少し食べてから行なうそうです。

 強化子(報酬・対価・お礼)は、ドライフルーツ・ボーロ・果汁などです。

ZAS27-p6 (5).JPG

 ハズトレで採尿しています。下に落ちた尿ではなく直接採取できます!つまり、床の汚れなどで汚染されない検体が取れます。しかも、取りたい時に取れます。通常は、月1回の検査を実施。レンボーさんの妊娠時、最初はエコーに赤ちゃんが映らないので、尿検査がますます大事でした。

 ドイツの動物園に勉強に行った際に、オランウータンさんの採尿ができていて驚いたとのこと。「排尿という生理も意識でコントロールできるとはすごいし、ハズトレでいろいろできる!」と考えるきっかけになったそうです。

 ハヤトくんを観察したところ、早朝におしっこを3分以上しており、尿を溜められると判明。合図で排尿してもらえるトレーニングに成功しました。​

ZAS27-p6 (6).JPG

 ハズトレで陰部も確認できたことにより、生理(月経)の周期も把握できました。オランウータンさんは、生理の周期を見て接し方を考えたほうがいいそうです。

 生理によって、オスが影響を受けるからです。生理後から発情ピークから1週間までは、メスに動物専門員さんが近づくと、自分のパートナーを取られるのでは?と不信感を持つので、最低限のケアにとどめるほうがいいとのこと。

 こうしたことに気を付けるようにしたところ、オスのオランウータンさんとの関係も良くなりました。

 これまで、「オスのオランウータンさんは男性飼育員さんを嫌うことが多く、攻撃性が高まる」と言われてきましたが、生理を把握して接し、関係性の構築を大切にしていくといいとのこと。実際、発情期が終わって次の生理までは攻撃性はないそうです。

​ こうした、「なぜ攻撃性が出るのか?」などを、一昨年の11月から調べてきた成果でもあります。​

ZAS27-p6 (6)-2.JPG

 レンボーさんの尿+妊娠検査キットで、妊娠が明確に示されています。

 ハズトレにより生理周期が把握できていたので、排卵日を6月8日と予想して、6月4日からペアリングを行いました。ペアでの同居をしてみたり解消してみたりという取り組みを5日間行った後、生理がなかったので尿を取って検査をしたところ、6月26日に妊娠反応が出たそうです。エコーでは、妊娠8~10週で赤ちゃんが映るとのこと。

 妊娠期間は240~260日なので、来年2~3月に出産予定。 円山動物園がある札幌市の寒さのピークは1月で、雪のピークは2月。暖かくなり始める頃に育って、春に外に出られるように・・・ということから計算した、計画的な妊娠です。

ZAS27-p6 (7).JPG

​ オランウータンさんの唾液の検査です。ヒトの歯医者さん(日本歯科大学の先生)と共同で行なっています。歯周病や出血の確認をしています(写真は出血の確認検査)。

 毎月1回、実施中です。

​ ・・・という説明など全ての場面において、李さんの本気と熱量がひしひしと伝わってきて、筆者は「熱い・・・!」としびれつつ必死にメモを取っている状況です♪

 そして、オランウータンさんと向かい合うハズトレの時には、穏やかで優しく明るい雰囲気で実施されていて、その本気度にもしびれます。

ZAS27-p6 (8).JPG

 ハズトレの道具類です。始める時点できっちり用意されていることで、オランウータンさんの待ち時間などの負担が減らせます。

 李さんは「観察など8割・ハズトレ2割」と、観察を重視しています。動物さんのケアや福祉向上には、観察が一番大事だからです。より多くの目で観察したほうが情報が得られるので、班で実施することも重視しています。

 そして、動物さんの行動には「全部理由がある」と。何か問題が発生した時に、動物さんのせいにしてしまうのはダメで、「人が分かっていないだけ」。

 猛禽類さんが特にそうで、変な動きをするのは絶対に理由があると、本田さんに教わったそうです。この学びがオランウータンさんのケアにも活きていて、動物さんたちとの関係も如実に良くなったとのことです。

 李さんは30歳で円山動物園に来て、本田さんの班に入って3-4年経って思った(そして今も思っている)ことは、飼育員さん(動物専門員さん)は皆、猛禽類さんのフリーフライト(デモンストレーション)を経験すればいいということです。猛禽類さんは、適当にやると反映してしまうからとのことです(哺乳類さんは対応してくれちゃうそうです)。しかしながらもちろん、だからと言ってテキトーに始めてはいけないことであることは、各園館に前頁(p.5)で肝に銘じて頂きたいです。

ZAS27-p6 (8)-2.JPG

 李さんは園に来た当初、30歳で来たのでいろいろ無理だと思ったそうです。しかしながら、オランウータンさんという素晴らしい動物さんや、素晴らしい先輩方に会えたことで、「(オランウータンさんケアの)本物の技術を、来園した子どもたちに見せたい」と今では考えています。

 オランウータンさんに、「飼育員としても人としても正しく最善でありたい」と、感じさせてもらったとのこと。それほどオランウータンさんたちは、深い愛情表現や信頼関係を示してくれるそうです。

 ハズトレの時だけでなく、ペアで過ごしていたのを分けるという難しい場面などでも、オランウータンさんたちは李さんの意を汲んで動いてくれるとのこと。

​ オランウータンさんは全て分かっている・・・と、様々な場面で感じるそうです。

 そんな素晴らしい動物さんたちと、そのことに真正面から真剣に向き合う動物専門員さんたちがいて下さることに、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。さらにはこういう方々の熱意と行動が、日本の園館自体も変えていって下さるので、感謝と期待と応援意欲が膨らむばかりです。

ZAS27-p6 (9).JPG

 室内でお客さんを観察するレンボーさん。様々な選択肢増設(環境エンリッチメント)がしてありますが、例えばオスの弟路郎さんは時期によってはこうしたモノを嫌がるそうで、「やればいいというものでもない」とのこと。

  環境エンリッチメントについて、動物さんの行動観察を通して自分ですごく考えるようになり、それがやりがいにもなったそうです。

 食事内容も、1年の流れを続けるとルーティン化し、つまらないので変化をつけています。食べ物へのアプローチも、「ドサっとある日」「探す日」など変えています。

ZAS27-p6 (10).JPG

 オランウータンさんの運動場です。昔の、旧式な素材だった時に、表面温度が80度にもなったことがあるそうです。オランウータンさんは死にませんでしたが、さぞ辛かったと思います。動物さん宅の温度把握の重要性を示す実例として伝えられています。

 現在は土と草になっています。また、逆に寒さ対策として、気温が15度を超えないと外は使わないようにしています。

ZAS27-p6 (11).JPG

 オランウータンさんに「辛い想いをさせたくない」という、動物専門員さんの気持ちが伝わってくる掲示物です。

​ 丁寧に説明してある上に、2バージョンで掲示されています。担当動物さんを守ろうという本気も伝わってきます。

​ そして、この掲示物から伝わってくる以上の本気で、オランウータンさんの福祉向上の取り組みが続けられていることを、ぜひ時々思い出してください♪

bottom of page